下着泥棒にGUの可愛いタイツを2回も盗まれた話

24歳の頃の僕はバンドで売れる見込みもなく、かといって音楽を辞めるだけの確たる理由もなかった。

冬の厳しい寒さと戦いながら奇妙に絡み合った絶望の中で何ヶ月ものあいだ僕は新しい一歩を踏み出せずにいた。

「男性用のタイツはどうしてこんなにも厚いんだ?」

「さぁ。考え方次第かな。男性用タイツを履くことは誰にでもできる。ただ、君が女性用のタイツを履くという選択肢もある。その選択をするかは君がカプチーノに嫌いな砂糖を入れるのと同じくらい難しいかもしれないし難しくないかもしれない。」

見知らぬ女がそう言うと、サイドテーブルに置いて会ったレモネードのグラスを手に取り一口飲んだ。

「女性用のタイツは暖かいかもしれないし暖かくないかもしれない。でもそんなことは正直どうでもいいんだ。世界には飢えた子供達が大勢いるし、何処かの国の戦争では、沢山の兵士や民間人が今この瞬間にも死んでいっている。それにうちの猫も帰って来ない。僕がスキニーパンツの下に履くタイツで悩んでることなんて、いったい誰が気にする?」

僕がそういうと、見知らぬ女は椅子から立ち上がり、小さな尻を振りながら、暗い家の中へと引っ込んだ。

ドイツの鉄道みたいにいつも同じ調子で繰り返される町にGUはいつもと同じ調子で営業を続けている。

「女性用タイツはありますか?」

なるべく冷静に僕は言った。

「あるかもしれない。ないかもしれない。わからないよ」

ある種の緊張感をはらんだ時間が過ぎ去ったあと、僕は商品棚に陳列されているタイツを指差して訪ねた。

「ねえ、これはなんだと思う?」

「ここから見る限り、おそらく女性用タイツだと思う」

「見ればわかる。そんなことは」

店員は僕がひどく腹を立てているように見えただろう。

あるいはそんな問題を持ち込んでしまった自分自身に驚いていたかも知れない。

「いったいどうしてここに女性用タイツが陳列されているかを僕は訊いたんだ」

僕はいったん怒ると機嫌がなかなか元に戻らないことを自分でも熟知していた。

店員はそんな僕の機嫌を損ねないために冬眠前の野うさぎのように注意深く発言した。

「世界中の女性用タイツたちは、人間たちに美しく購入されるために存在している」

そこまで聞くと僕も納得がいった。

「ふむ、まあそれもひとつの考え方だね」

ピース、と僕は言った。ピース、と店員も言った。

それから僕は美しく可愛い女性用タイツを履きライブ活動を行った。

激しい冬の寒さがダージリンファーストフラッシュのような香り高く爽やかな春のように感じられた。

まるで体が十代のころに戻ったかのような感覚になるほどだ。

だが、突如としてその時は訪れた。

僕はある町(名前もない小さな町だ)におじいさんと二人で住んでいた。

多くの家族がそうであるように、僕たちの間にもいささかの問題があった。

他人からしてみればささいな問題かもしれないのだけれど、僕はそのことで自分自身を責め、おじいさんが本来持つ良さを損なっていたと思う。

それは2月に突然降る冷たい雨のように僕たちを苦しめた。

「おじいさん。あなたはどう思う?僕の女性用タイツがなくなったことについて」と僕が言った。

そのとき僕たちはボンゴレ・ビアンコといんげんのサラダを食べ終え向かい合って座っていた。

テーブル越しのおじいさんはなんだかいつもより疲れているように見えた。

「最初に言っておきたいんだけど」とおじいさんは言った。

「私は特にタイツが好きじゃない。それにタイツを履くかどうかは個人の自由な選択の結果であって、君が苦しむべき問題じゃないと思う」

僕は頬杖をついておじいさんの方をじっと見つめ。

(あるいは僕の後ろにある流氷の写真を見ていたのかも知れない)静かに微笑んだ。

まるで、そんなことを聞いたんじゃないという風に。

「明日、もう1着買いに行こうと思う」と僕はそっと言った。」

「悪くない。いつ出発する?」とおじいさんは言った。

「ごめんなさい。僕、一人でいきたいんだ。おじいさんは仕事にいって」

「オーケー」おじいさんは早朝のマクドナルドの店員のように明るく答えた。

それから1週間ほどが経過し僕は、洗濯物を取り込むためベランダにいた。

鼻の先が氷そうな寒さの中、僕はダッフルコートに両手をしまったまま、乾ききっていない洗濯物をみつめていた。

するとおじいさんが歩いてきた。おじいさんはスーパー玉出の制服に身を包み。

誰にも理解されない自分の世界だけでいきる芸術家のようなヒゲを蓄えていた。

おじいさんは僕の姿を見つけると、僕に小さく会釈をした。

「ないんだね」とおじいさんは言った。

僕はうなずいた。「こうなると思っていた」

「本当?」

「本当だよ」

「なら」とおじいさんは言った。

「覚悟はできているということなんだね。もう後戻りはできないぞ」

僕は頷いた。

それからはっきりした口調で告げた。

「ようやく決心がついたんだ。被害届をだそう、って」

こうして思い返すと、我ながらずいぶん奇妙な話だと思う。

とにかく可愛い女性用タイツが盗まれた話は、これで終わりだ。ありがとう。

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マンノカズミチ

バンドマンを経て、台湾で日本語教師をしてましたが、2016年より株式会社AWESOMEにてWEB開発とコンテンツ制作を担当しております。SEO対策と記事執筆が得意分野です。こっそり台湾と日本のハーフです。

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